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文脈について考えてみた。

 

「文脈」って言葉、最近よく見る。

政治とか技術とか芸術とか、世の中の全ては文脈の中にあって、

文脈によって全てモノの価値は決まっているようだ。

 

今日はそんな文脈違いで受け取る印象が全く変わる表現を集めて、

「文脈」について考えてみた。

 

『Frozen Grand Central』

 100人が、突然静止してしまう。

ニューヨークのグランド・セントラル駅でのパフォーマンス。

 

 

『The T-Mobile Dance』

こちらは逆に急に踊り出す。

 イギリスの携帯通信会社「T-Mobile」の広告キャンペーン。

 

どちらも同じように公共の場でゲリラパフォーマンスをするという表現だけど、

与える印象が全く違う。

 

ALWAYS 三丁目の夕日'64の公開直前イベント』

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「3丁目の夕日」「3作目」「3D公開」で「333」東京タワーも333m。

映画のファン作り結びつきを深める為のプロモーション。

 

 

『chim↑pom「ピカッ」パフォーマンス』

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現代美術グループ・chim↑pomが、

広島市の上空で「ピカッ」という文字を書いたパフォーマンスをし、

被爆者団体から抗議に合って謝罪し、展覧会も自粛する結果にいたった。

 

どちらも、同じ空に煙で文字を描くアイディアなのに、結果が全く違う。

とても変な感じがする。

 

「Notice-Forest」 

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ブランドやファーストフードなどのよくあるショッピングバッグを素材に、

その中に森をつくり出している。

 

「Minding My Own Business」

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2011年3月の大地震の際、新聞を見て、反射的に作り出した作品とのこと。

 

どちらも、沖縄出身のアーティストでNY在住のYuken Teruyaさんの作品

私は、2005年の横浜トリエンナーレでYuken Teruyaさんの作品を見て、

正直「思いつきの表現を見せられてもなぁ」と思ったのを覚えている。

だけど、2011年の3.11の新聞から小さな芽を沢山作り出し

復興への願いを込めている作品にはグッと来てしまった。

同じ表現なのにこんなに変わる。

 

***

 

「表現の行き先が、アートでやるか、広告やるか、

はたまた時事ネタに絡むかで印象が変わる」という事が言いたいのではない。

なんというか、最近「文脈」ばかり先読みしている人が多いなぁと思う。

 

文脈ってたぶんスポーツで言ったらルールのようなもの。

知らないとダメだし、研究しなきゃいけないものだとは思う。

 

でも、文脈を先読みすることに必死になるのはおかしい。

それよりもプレイそのものを無我夢中で楽しんで、

気がついたら面白い文脈の上でゴールをキめてた。

そんな感じの文脈がきっと素敵。